目の前にケーキ一台也。
包丁片手にどう切ればいいか唸っていた――忌々しいことに人数は奇数なのだった――司の視界が突如ふさがれた。
何かが司の頭に乗せられている。
それがどうやら司の視界を隠す役割を果たしているようなのだ。
「……なんだ、これ。サンタがかぶるやつか?」
包丁を握る手と逆手で引きずり下ろしてやると、年末間近のこの時期に馴染みが深い赤い帽子である。
赤い三角形のした帽子の縁と先端に白いポンポンがあしらわれたアレだ。
包丁をまな板の上において、手の中のサンタ帽をどうしてやろうかと考える。
とりあえずエプロンのポケットに突っ込むことにして、司は作業を継続しようと再び包丁に手を伸ばした。
そこでふと気づく――いきなりサンタ帽なんぞが司の頭上に前触れもなく現れるはずがないということに。
こんなことをしそうなのは巧か、あるいは
「Merry Christmas!司さん!」
ふひひとでも言い出しそうな笑顔で司の背後から顔を出したのは千歳だった。
「あー、帽子はずしちゃってる!ダメですよかぶらなきゃ」
司のエプロンのポケットからはみ出したサンタ帽は、瞬く間に千歳の手により司の頭に戻される。
「よく似合ってますよ!」
「おまえ、オッサンにこういうのかぶせて楽しいか」
「楽しいですよ!それにこういうのはお父さんの役目じゃないんですか?」
「……オジサン通り越してお父さんときたか。上等だ!お父さんはムスメを再教育してやる」
きょとんとした顔で瞬く千歳の脳天に、チョップを食らわしてやる。
「ちょ、手加減なしとか!」
痛い、と涙目で頭を抑えてしゃがみこむ千歳を『お父さん』が腕を組んで見下ろした。
「うるさい、刃物をもってる人の側でふざけちゃいけないって小学生が習うようなことを忘れるコムスメにはお仕置きが必要だろうが」
言われて千歳は状況に気づいたらしい。さっと顔が青ざめた。
「あ、ごめんなさい…」
「これに懲りて人が台所にいる時はよく状況確認すること!司お父さんからは以上だ」
ふんぞり返ったまま、なるべく威厳を滲ませるように、司は厳めしい声をひねり出した。
「はーい、お父さん。次は気をつけます!」
しゃがんだまま敬礼をする千歳の声は流石に本職、幼い女の子の声だ。
芸が細かいことである。
「よしよし、いい子だな。じゃあいい子の千歳にはプレゼントをやろう!」
そうして自らの頭に鎮座するポンポンのついた可愛らしい赤い帽子を、千歳に被せてやって立ち上がらせる。
「わぁい、プレゼントだー! って私が司さんに進呈した帽子じゃないですかーー!」
恨めしげな千歳の声。
司はしてやったりとした顔で笑った。
「俺が貰ったなら俺のものだろう。俺のものをお前にやっただけだ。なにが悪い?」
「詭弁だ! ケチ! けちんぼだ!」
「けちんぼ結構! 生憎とリターンもないのにプレゼントとか、ボランティア精神には恵まれなくてな」
「クリスマスプレゼントにもリターンを求めるんですか!」
「当たり前だ! きょうびリターンもなくプレゼントをもらって許されるのは裕福な家のガキだけだと刻め!」
「えーと、でも恋人同士で送りあったりとか」
「男の方がシタゴコロありありだ!」
「夢がないです!」
「世知辛い世の中だよなあ……」
むう、と千歳が膨れる。
「世知辛い世の中、何かほしけりゃ対価をだせってことだ。……そんなわけで提案がある」
「……なんですか?」
「一芸披露しろ」
「は?」
「い、ち、げ、い。そうだな。その帽子を使って小芝居でもやってみろよ。小芝居くらい、女優志望の千歳には簡単だよな」
「えぇっ?!」
「上手くできたら何かやるよ」
「なんかって」
「出来高制。出来次第によってプレゼントのランクが変わります」
「出来高制って評価するのは?」
「勿論俺」
「それって司さんの都合のいいように操作できるってことじゃないですか、横暴だ!」
「……で、やるのかやらないのか?」
「本当に、何かくれるんですか?」
「約束する。プラスこのケーキを一切れ多くやろう」
これで奇数人数における余りのケーキの処遇も片付いた。
「……約束しましたよ?」
見てろ、オジサンを唸らせてやる……と千歳が小さく呟いた。
司は彼女に気づかれないように笑いをかみ殺した。
さてどんな芝居を見せてくれるやら。
――実はどんな出来だろうと贈るものは決まっていると知ったら彼女は怒るだろうか。
先日、そろそろ寒さに耐えかねて新しい手袋を買いにでた時のことである。
ふと目に留まったマフラーが千歳に似合いそうだなと思ってしまったのだ。気の迷いもいいところだ。
そんなもの買う予定はなかった。
ところがどうしたことか、気づいたらしっかりプレゼント仕様のそれをもって帰ってきてしまっていたのである。
――俺はこれをどうするつもりなんだ。
困ったのはそれをどうやって渡すかという問題だった。
千歳と司は別に何か特別な関係があるわけではない。あるのは劇団員と、劇団主催者の兄という微妙な繋がりだけだ。
そんな薄い繋がりで、公平に見るならば千歳にだけものをやって、他の劇団員には何もやらないというわけにもいかないだろう。
千歳にだけ渡す理由がない。
結局適当なうまい言い訳が見つけられず、渡すことは断念した。
なかなかに値段がはるものだったので捨てるには惜しかったのだが、さりとていかにも女性ものといったそれは司が使うわけにもいかなかった。
今は司の部屋の洋服ダンスの引き出しの隅っこに仕舞われている。
あれを渡そうと思う。
「司さん?」
「あ、悪い。とりあえず俺はケーキ切っちゃうから先に戻ってろ」
「え、ひょっとしてみんなの前でやれっていうんですか?」
「やれ、って言いたいところだが今日はクリスマスだしオマケしてやろう。じゃ、その辺で俺がケーキ切るのおとなしく見てろ。その後でやればちょうどいいだろ。今度は邪魔するなよ?」
「はーい。……コドモじゃないので大丈夫です。学習しました」
「……よし、よく言った。千歳には大人っぽい演技を期待することにした。励めよ」
「え、いきなりハードルあげられた? 酷いよ司さん!」
こうして人と楽しく過ごすクリスマスも久しぶりだった。
まさに"メリー"クリスマスの言葉通り。
去年はどうだったか、なんて思い出してやらない。
比べ物にならないのは確かだった。
「司さん、ちょっとー!本気ですか?!」
「いやー、楽しみだ。千歳の妖艶な演技」
「大人っぽいから更にハードル上げられてる?イヤ――――!」
千歳のあわてる声をBGMに笑いながら、司はケーキに一刀をいれた。