光が麻子と結婚したのはつい先頃のことである。
今まで寮暮らし、しかも一人部屋は貰えていなかった身分だったから他人と生活するのは苦ではない。ましてや相手が麻子とあれば――文句のつけようもない、その「はず」だ。
夫である光を押し退けてでも「柴崎さんの寝顔がみたい!」と夢に見る男(稀に同性もいるらしい)は未だたえないらしい。
光のポジションは図書隊の独身男子の垂涎の的なのだった。
とっととそんな夢捨ててしまえ!
とは口に出しては決して言えない事だが(言ったら麻子にそのネタで数日はからかわれるのが目に見えるようである)、光の正直な気持ちではそんなところだった。
そう、麻子への熱は図書隊内部で結婚した事実が周囲に浸透しても、まだくすぶり続けている。
だから、不満があるといったら袋叩きにあいそうだ。それでも一点だけ、光にはたいそう不満なことがある。
寝起きを共にするようになってから気づいたことだ。
「あいつ、寝るときも携帯手放さないんだ」
新婚生活はどうー? 柴崎とはうまくやってる?
などとからかい混じりに言ってきた郁に、光はとうとう不満を吐き出した。
「布団に入ってからも新着情報ないか調べるから、って携帯みてるしさ」
「携帯画面がまぶしくて眠れないとか?」
「いや、俺どこでも寝れるからそれは構わない」
「じゃ、カチカチウルサいとか?」
「それも気にならない。寮の同室の奴のほうがもっとうるさかったし」
「じゃあ、何が不満なのよ?」
「麻子がこっちを見ない!」
ふーん、という郁のにやにや顔を見て光は我に返った。
俺は、何を!
ここまでいうつもりはなかったのに!
「てぇーづぅーかぁー。それ、なんていうか知ってる?」
ああ、こいつ面白がってる! 相談する相手を間違えた!
「ーーのろけっていうんだよね、ソレ。ごちそうさまー!」
「な、のろけじゃ!」
「立派なのろけでしょ。やー、めずらしいもん拝んじゃった! 篤さんとの今夜の夕食の会話ネタはこれね」
「ま、まてよ! 堂上一正との団欒にこんな話をだすな!」
「じゃあ、小牧教官や玄田隊長に話たほうがいいの?」
光の脳裏に、面白がって広める玄田とぶっと吹き出して上戸に入る小牧の姿が思い浮かんだ――却下だ却下!
「ダメだ! あの二人は!」
「うーんと、それならあの二人以外ならいいの?」
「ダメだ! 特に麻子には言うなよ!」
「特に、柴崎に? 手塚……」
「なんだ?」
「うしろ」
ばつが悪そうな顔で郁が光の背後を視線で示す。つられて光はふりかえった。
「あ……」
「――誰には、特になんですって?」
ひやりとした声と、女神然とした麻子の微笑みの楽差が怖かった。
「いや、別に何も」
「吐きなさい」
結局洗いざらいはかされたあげく麻子の爆笑を誘発することになった。
光の憮然とした顔と、麻子の笑い声に何事か、と通りすがりの人間が振り返っていく。散々だった。
ただし、その日から麻子が携帯をにぎる時間が短くなったという。せめてもの小さな幸せだった。