図書館シリーズ
「兄の一面(光視点)」/慧(手塚兄)×桃子(柴崎妹):図書館戦争シリーズ


 手塚光には立派な兄がいた。過去形なのは、昔そう思っていたのは確かだが、現在は違うからである。
 光の高校時代に兄と袂を分かち合った。そのとき光の「尊敬する兄」は死んだ、とそう思っていた。
しかし長きに渡った、火器使用を伴う内乱まがいの抗争に終止符を打ったのもまた兄である。その功績は公の認めるところだ。
一度は亡きものとなった尊敬の念を復活させてやらなくもない……そう思い始めていた矢先のこと。
光の婚姻によって増えた「家族」による対応を見た光は「やっぱり気のせいだ!」と気の迷いを否定したのだった。

* * *

家族といっても麻子のことでも、その両親のことでもないーー麻子の妹である桃子。光からすると義理の妹なので、慧から見ても桃子は義理の妹になる。
慧は彼女をどうやら気に入ってしまったようでーー

「光はね。小さい頃はどこにいくにも俺についてまわって、そりゃあ可愛かったんだよ」
「うちの姉は昔っから綺麗で優しくて頭もよくて、面倒見もそりゃあよかったんですよ。どこかのおにいさんの優しさはうさんくさいものみたいですけれどー?ああ、弟さんが可愛そうでなりません」
「桃子さんは知らないようだけど、ああ見えて麻子さんは…」
柴崎に似た、ただし綺麗というよりは可愛さが勝つ整った顔立ちの少女に、光の兄は先ほどから楽しそうに絡んでいる。
話題はどちらの兄弟のほうが仲がいいか、弟(姉)はどれだけ優秀か、弟(姉)の好物をどれだけ知っているかなど、肴にされているほうとしてはたまったものではない。
覚えてない子供の頃の話までもちだされるのだ。子供の頃は兄とともにあれたことは誇らしいことだったが、今はいっそその過去を消したくてたまらない。
麻子はくだらない争いの気配を感じ取って、買い物を口実にさっさとでかけてしまった。光もそうしたかったくらいだ。
けれど麻子曰く、
「大丈夫よ。あたしの妹は見かけよりずっと肝が据わってるし、頭の回転も悪くないから適当に相手をするでしょう」
ということでもーーほうっておくこともできない。何せ自分の兄の不始末だ。
クソ兄貴め!

「兄貴、いい加減にしろよ!」
「おや、光。寂しいのかな?混ざりたいなら言ってくれれば良かったのに」
「アホか! 桃子さんに迷惑かけるなって言ってるんだよクソ兄貴!」
すかさず桃子の方を向き、光は頭を下げた。
「ごめん、桃子さん。こんな兄貴で…」
情けなくて涙がでる。
あの外向けの顔はどこやったんだ!拾ってこい!
確か初対面の時はこんな兄でも猫を被っていたため、柴崎の両親にもたいそう受けがよかった。
桃子に対してもよそ行きの顔で応じていたはずだ。それがどうしてこんな風に。

「――ほら、桃子さん。言ったとおりだろう?光は頭を下げた。俺の勝ちだな」

「慧義兄さんの予測では、光さんは慧さんの頭を下に下げながら自分も頭をさげるでしたよ。半分しか当たっていませんね」
「おや、そうだったかな?」
「そうです。なんなら聞いてみますか?」
「流石だね。録音済みか」
「慧義兄さんと賭けをするのに口頭のみなんて信用できないことすると思いますか?」
にこり、と桃子が微笑んだ。
「これは一本とられたな」


…?!


この二人は何の話をしているんだ?

光の中でお兄さん、と可愛く微笑む桃子の姿にひびが入る。
完全にそれが崩れる前に慧の声が投げかけられたのを、遠くなりかけた意識の奥で聞いた。

「新婚家庭を邪魔し続けるのも悪いし、そろそろ出ようか。桃子さん、君にいっぱい食わされたことに敬意を表して、一食奢ろう」
「それじゃあお言葉に甘えて。この前いったお店の斜め向かいのイタリアンが気になってます」
「ではそこにしよう」

打ちひしがれる光をよそに二人は「お邪魔しました(お邪魔したよ)」と去っていった。
嵐のように、とはこのことだろうか。


暫くして麻子が食材を片手に帰ってきたーーきっちり二人分。端から妹と慧の分は計算にいれていないらしい。

「で、どうだった?」
「二人で出て行った。喧嘩してのか、仲良しなんだかわからないけど……この前行った店ってなんだよ!あの二人、前にも一緒にでかけたのか!?」
「へー、そんなこと言ってたのね。後で桃子に聞いて見ようっと」
「いつの間にそんな仲良くなってたんだよ!」
「あら、羨ましいの?」
「俺だって柴崎の妹なんだからもっと仲良くしたいのに、兄貴がずっと絡んでたんだぞ!」
「ははーん、あんた末っ子だもんね。妹とか弟に憧れてた口?」
「悪いか!」
開き直るような光の態度に柴崎が吹き出した。
「なのに兄貴が……」
「ねー、あんたさ。ひょっとして今お兄ちゃんを取られた気持ちと妹を取られた気持ちの両方味わってるんじゃない?あんたがヘソ曲げるのって八割方お兄さんが関わってるときな気がするのよね」
「そんなことない!別に兄貴が取られるとか取られないとかは関係ない!寧ろのしつけてくれてやる!」
「どうかしらねー?」
「本気だ!……だからといって桃子さんに押しつける気はないけどな。あんな兄貴は見てくれだけですりよってくる女とくっついてりゃいいんだ。大丈夫か、桃子さん」
「大丈夫でしょ。あたしもあの子があんな性格だと思ってなかったけど、結構したたかそうだし。流石あたしの妹ね。どちらかというと郁タイプの素直な子だと思ってたのに、あたしも人間観察がまだまだ甘いわ」

そうか?そんな反応で終わらせていいのか?

「じゃああたしは晩御飯作るからたっぷり悩んだら?ま、あたしは心が広いから、旦那がブラコンでもにわかシスコンでも許してあげるけど、ほどほどにしたほうがいいわよ?」
 麻子は人の悪い笑みでそう言うと、台所へ姿を消した。

 ――俺はブラコンなんかじゃ!

 そう反発した光の声は間に合わず。既に麻子の姿は見えない場所で。
 台所から、「何か言ってるけど聞こえないわー!」と本当か嘘かわからない言葉を返された。
 確かに台所は会話を聞き取りにくい場所ではある。しかし、まだ台所へ向かったばかりで調理や食器を洗い始めるにはまだ早いといえるタイミングだ。
故意に軽くあしらわれたのではないかと思うのは考えすぎだろうか。ひょっとしたら、あきれられてしまったのかもしれない。

『……クソ兄貴め!』

 それもこれも全部兄のせいだと八つ当たり気味にそう結論づけた。
 
「手伝う、っていったんだよ!」
 台所に向かって声を張り上げる。すると「お願い!」と応えが返る。
 光は苦笑して、麻子を手伝うべくテーブルを片付けはじめた。


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