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鏡の向こうのアシンメトリ
10.忘れられない忘れたくない:ヨゥラside

「――話はわかりました。先の『奇病』と先代様がそんなご縁であったとは・・・・・」
「ええ、そうなのです」
 フィンには自分の親族であるイレイが先の『奇病』により姿を消したこと。自分が彼をこちらの世界に呼び戻したいことを話した。
 そして、その為に取ろうと考えている手段もまた。
「・・・・・・いまだあちらに囚われた方々を開放する手段は見つけられていないと聞いております。先代様が仰られている、その方法をとれば、あるいは開放は可能かもしれません。けれど、先代様、本当におやりになるのですか?」
 困惑したようにフィンは眉を寄せた。
 ヨゥラもその反応は予測済みである。
 ヨゥラとて、自分以外の者がこの手を取るなら困惑もしようし、止めただろう。
「ええ、わたくしにはもう【力】がほとんど無いのですもの」
「実行には長い時間がかかる事にに加えて、かなりの苦痛を伴うと聞いております」
「ええ、わたくしも存じております。・・・・・・わたくしも少し前までは<巫女>の座にあった身ですもの。【巫女】に伝えられる知識は全て、わたくしも承知しております」
 それが儀式の下準備に過ぎないということも。
 実際に儀式を行った後、ヨゥラの身にどんな危険が降りかかるかわからないということも。
「そう、ですよね」
「【力】を殆ど失った身では試しても効果が得られない儀式ばかりで、今となっては多くが無駄な知識といえるかもしれませんが・・・・・・これだけは別。これだけは今のわたくしでも・・・・・・いいえ、わたくしだからこそ、使えます。そして、今のわたくしが望みを叶える為にはこの手段しかないと判断しました」
「・・・・・・おそらくは、そうでしょう。力をお貸しするのは吝かではありません。例え誰が止めようとも、協力は約束します。・・・・・・でも、先代様の身が心配なのです」
「ありがとう、巫女様・・・・・・いえ、フィン」
 純粋に、ヨゥラの身を心配してくれるフィンの厚意が嬉しかった。
 しかし、ここで踏みとどまるわけにはいかない。
 どうしても、自分はイレイを忘れられないし・・・・・・・どうしても、会いたいのだ、もう一度。
 見たい、触れたい、会話を交わしたい。
 例え、女として傍にいることができなくても、『親族』としてでも傍にいることができればそれでよかった。
 この身に刻まれる肉体的苦痛と、彼の人に会えない心理的苦痛とどちらが重いかと問われれば、ヨゥラは後者のほうが重いと答えるだろう。
 前者は耐えられるレベルの苦痛だ。
 後者は・・・・・・きっと、ずっとは耐えられない。
「先・・・・・・いえ、お姉さまがその身を削らなくても・・・・・・・いずれ、誰かがきっと解決方法を見出してくださるに違いないと思います・・・・・・・」
「それは何時?」
「え・・・・・・」
「何時になるかわからない。そして、方法を見つける前に諦めてしまったら? ・・・・・・・今回、界に囚われた者はかなりの数だとは聞きます。けれど、国家単位で見れば大した数ではないと言える程度の人数ですもの。必死に方法を模索したが、どうにも力及ばなかった。それで片付けられてしまうということはなくて?」
「・・・・・・・」
「わたくしが儀式半ばで他に彼らを解放することのできる方法が見つかればいいと思います。・・・・・・けれど、もし。ずっと見つけることができなかったときに、あの時やっていれば、と思いたくはないのです。やらなかったということで後悔したくはないと思うのです」
「・・・・・・・わかりました」
「心配をかけてごめんなさい」
「いいえ・・・・・・」
 言葉を切ってフィンは首を振る。そして、ふっと表情を改めた。

「こちらからお願いします。先代様。・・・・・・現【巫女】としてお願いします。どうぞ、彼らを救ってください。力及ばぬ我ら【宮】の者の代わりに。その為の協力は惜しみません。そしてどうぞ許してください。貴方を犠牲にせねば、道を切り開けない我らを」

 本当は、とフィンは睫を伏せる。
「仰るとおり、【宮】では彼らを救うことは諦めかけています。わたしの力を使えば、もしかすると彼らの解放の扉を開くことができるかもしれないという案も出ました。けれど、リスクが非常に高く、【巫女】を失うかもしれない事態は認められないと言ってすぐさま廃案となりました。現在別の手を模索中ではありますが、芳しくありません」

 その通りだ。先代【巫女】であったヨゥラにもわかる。【巫女】はいなくてはならないものだ。
 【巫女】はいわばこの国、いやこの地上に存在する万物を支える柱である。
 それが倒れれば・・・・・・。

 過去、【巫女】が現職のうちに倒れたことがある。
 その時に起きた大惨事は、長い時間が経ても癒しきれない傷跡を人々の心と、大地にいまだ刻んだままだ。
 認められないという言い分はもっともだろう。
 巫女はいなくなったからといって、すぐさま別の者に挿げ替えられるという存在ではないのだから。

「このままでは彼らは永遠に界をさ迷う徒となるでしょう。先代様の申し出は渡りに船ではあるのです。・・・・・・ごめんなさい」
「いいえ。かすかにこの身に残る【力】がお役に立てるなら喜んで・・・・・・わたくしは、おじ様に会いたいと願うだけの利己的な考えの元で動いているんですもの。寧ろ、こちらの事情に巫女様を巻き込むことが恐れ多いことです」
 畏まるヨゥラに、もう!とフィンが口を尖らせた。
「恐れ多いという割りに、迷いはなかったクセに。・・・・・・愛しの『オジサマ』が羨ましいわ。お姉さまったら、昔っからずっと口を開けば『オジサマ』なんですもの!フィンはず〜〜っと嫉妬していたんですからね?!そこ、わかってました?」
「え、ええ・・・と。・・・その」
「わかってませんよね。知ってます。でなければ、あんなにオジサマ、オジサマ!って言ってらしたはずがありませんもの」
 本当に、羨ましい。
 フィンがため息をつく。
「物凄く羨ましいから、彼らを解放することが出来たら、是非噂の『オジサマ』をわたしの前につれてきてくださいね?」
「・・・ええ」
「ひっぱたいて差し上げますから!」
「ええ!?」
「こんなに思っていらっしゃるお姉さまをさしおいて、女遊びなんて何事ですか。年の差なんてなんのその。まして、本当の叔父と姪ではなく、本当は従兄妹なのでしょう?お姉さまと結ばれるべきです」
「・・・フィン?」
「是非、つれてきてくださいね?」
「えぇと・・・・・・・はい」
「お待ちしています!お姉さまを幸せにすると言わせるまでひっぱたかなきゃ気がすみません!」
「あの、冗談でしょう?」
 それには答えずフィンは表情をきりりと引き締めた。真面目な話に切り替えるという合図だ。
「・・・・・・おそらく、先代様の儀式が完成する前に、わたしは【巫女】を退くでしょうが、心配はいりません。後任の者にも引き継いでおきます」
「あ・・・・・・」
「わたしもあと2年もすれば10になりますから。おそらく、あと一年もすれば新たな候補が見つかるでしょう。なぁに、大丈夫です。先代様の魅力で、きっと私の後輩【巫女】もめろめろになるに決まってますから、きっと喜んで協力を約束してくれるでしょう」
「ありがとうご・・・」
 そうでなくても約束させます、とぼそりと呟いたフィンに、ヨゥラのお礼の言葉は中途半端なところで途切れてしまった。
「フィ・・・、巫女様!」
「さぁて、そうと決まれば。一月以内に儀式に入れる準備をします。準備出来次第連絡を入れますから。それまでお待ち下さいね?」

 ぎゅっとフィンがヨゥラの手を握る。
 
「お姉さまの為にフィンは全力を尽くしますからねー!」
 
 呆然としたままのヨゥラを置いてけぼりに、【巫女】フィンは方々に指示を出すために精力的に動き始めた。
 


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